第一次世界大戦で敗北したドイツでは、ユダヤ人が戦争に協力せず私腹を肥やしているという噂が流れいていた。噂はだんだんと過激になり、やがてドイツが戦争に負けたのはユダヤ人のせいである、という意見が出てくるようになった。
ヒトラーの登場
この頃に登場したヒトラーは、ユダヤ人を「ドイツの病原体」だと表現した。ユダヤ人はドイツの労働者を腐敗させ、議会を支配し、マスコミを牛耳っている。そもそもドイツ人の祖先であるアーリア人は「文化を創造する人種」であり、ユダヤ人は「文化を破壊する人種」である。悪の人種であるユダヤ人は絶滅させなければならない、と主張した。
ユダヤ人には大学教授、医者、弁護士のような社会的地位の高い職業に就いている者が多かった。彼がいなくなることで、自分がその地位に就けると考える人たちがいた。そういう人たちは、ヒトラーを積極的に支持した。また、ユダヤ人の一般的なイメージといえば、キリスト教を信じない謎の集団であり、かつてはイエスを処刑した人たちであり、シェイクスピアの戯曲「ベニスの商人」にあるように金に汚く、倫理に反することをして儲けている人たちだった。ヒトラーの著書「わが闘争」は一部の人たちから熱狂的に支持され、聖典のように扱われた。
こうして「職業官吏再建法」が制定され、ユダヤ人の公務員は追放されることになった。大学への入学も1.5パーセント以下に制限された。またユダヤ人と結婚したドイツ人は処罰されることになった。
ユダヤ人とは誰なのか
しかし実際にはドイツ人とユダヤ人は同化が進んでいて、ユダヤ人を親戚に持つドイツ人は多かった。また、ユダヤ人とされる人たちも、自らはドイツ国民であり、ドイツを守るべき祖国だと思っていた。ドイツ軍にもユダヤ人はたくさんいた。そのため、多くのユダヤ人は風当たりが強くなっても、一時的なものだろうと考え、海外へ逃亡を考えたりすることはなかった。
そもそも「ユダヤ人は誰なのか」という問題があった。実は「ユダヤ民族」というはっきりした民族はどこにもおらず、たいていの場合はユダヤ教を信じている人がユダヤ人と呼ばれていた。しかし、ヒトラーの主張によれば、明らかにユダヤは民族であり、受け継がれている血統があるはずだった。
そこで、ユダヤ人の定義として、次のような複雑な要件が定められた。
- ユダヤ教を信じている人はユダヤ人である。
- 祖父母4人のうち、3人以上がユダヤ人ならば、その人はユダヤ人である。
- 祖父母4人のうち、2人がユダヤ人ならば、別途条件により決まる。(第1級混血)
- 祖父母4人のうち、1人がユダヤ人ならば、その人はドイツ人である。(第2級混血)
第1級混血とされた人は、ドイツ人とされるかユダヤ人とされるかで運命が大きく変わることになり、いったんドイツ人として認められても、いつユダヤ人とされるか、常に恐怖がつきまとっていた。